生からの別れ

11月。大切な人が亡くなった。それの記録として綴っていく。

 

ことが起きたのは11/3。仕事終わり、いつものネットサーフィンをする。目が痛くなったので休憩がてらに煙草を吸う。数時間前に帰ってきた恋人が私の携帯を持って「お母さんからだよ」と伝えてくれた。時刻は朝の5時頃だったと思う。

母親の乱れた呼吸としゃくり上げる声で、普通じゃないことが起きたのだ、と。泣きたいのをぐっと堪えて「おじさんが死んじゃうかもしれない」と言い放った。

おじさんというのは母親の恋人で、私が高校2年生くらいから会って話していたひとだ。彼が死んでしまうなんて考えた事も無かったので、私はただ泣き崩れるしかなかった。

 

彼に会えたのは、その電話があってから2日後の夜。土曜日の早朝は心臓マッサージをしてなんとか持ち堪えたものの、もう彼の体はとっくに限界を迎えていたのだろう。心臓が動いていないらしいから、病院に来てくれと連絡が来た。

 

急いで病院へ向かい、母と一緒に病室へ向かう。カーテンを開くと、目を覆いたくなるほど沢山の管が彼の体に繋がれていた。躰は浮腫み、指先は壊死し黒くなり、肌は少し黄色くなっている。呼吸器がオーバーな動きをするせいで、まるで息をしているかのように見えるのがまた酷だ。彼の肌は異常に冷たくて、また涙が出た。彼が言う「生きたい」は、自分が抜け殻の状態になっても尚生きたいという意味ではないはずなのに。

 

私は途中から、おじさんは生きているのか、死んでいるのか、さっぱり分からなくなった。

規則的な呼吸も、血圧も、コンピューターもしっかり起動していて止まる事は無い。人の死を待つことしか出来ない私達はなんて無力なんだろう。目の前に蔓延っている電子機器達はなんて有力なんだろう。そう思うと遣る瀬無くて、悔しくて、悲しくて、泣くことしか出来なかった。

 

おじさんが息を引き取ったのは私が眠っている間だった。一旦家に帰るため、病院の最寄り駅で母と別れ、帰宅と同時に私は疲れて眠ってしまった。

おじさんは母が病院に帰ってくるのを待ってから亡くなったらしい。14:12。母だけでも彼を看取ることが出来て良かったと思う。

 

人が死ぬのは儚い。死化粧を施され、永久の眠りについた彼は苦しみから解放されて嬉しそうだった。剥製のような姿に衝撃を覚えた。血の気も魂もそこには無い。

 

もっと会っていたらとか、もっと色んなことを話していたらとか、もっと出かけていたらとか、やりたかったことが余りにも多すぎて悲しくなる。もう二度と叶わないのに。

骨になった彼を見ると、これがリアルなのかフィクションなのか分からなくなる。想像していたよりも骨が残って良かったと思うけれど、人の形を失ってしまった故に、今迄の事は幻だったのだろうかと混乱する。彼の肉体が、いとも簡単にあんな小さな壺に納められてしまうのか。私よりも身長が大きかったはずなのに。

 

告別式が終わり総ての物事にけじめがついても、私は未だに彼の姿を街で探してしまう。  母の家の中でもそうだ。ふらっと帰ってきて「ただいま」と、汚れた作業着を着て笑顔で言いそうなのに、もう彼はいない。彼の低い声も聞けることは無い。こう言いそうだなと口調は忘れずとも、声色は忘れてしまう。人の命も記憶も儚いものだ。

それでも彼が、私や母の側で笑っているのだろうと思うと心が軽くなる。笑いながら総てを肯定してくれる優しい人だった。彼のような男性は探してもきっと見つからないのだろうな、と母と話す事がある。

 

 

 

彼の死から早いもので5ヶ月が経とうとしている。

私は毎日のように思い出す。もう声もあまり覚えてはいないけれど、私の魂のどこかで彼は今も生きている。向こう側で私が来るのを待っていて欲しい。彼の好きなお酒を持って、お互いに手酌をしながら「こんなにシワが増えてしまって、もうおじさんと同い年みたいね」なんて冗談を話しながら気持ちよく酔いたいものだ。

 

この記事を書くまで、とても長い時間が経ってしまった。この文章を彼に捧げます。